大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(ラ)296号 決定

主文

一  原決定を取り消す。

二  相手方の本件保全取消申立てを棄却する。

三  甲府地方裁判所都留支部が同裁判所平成三年(ヨ)第四五号不動産仮差押命令申立事件について平成三年一〇月二四日にした仮差押決定を認可する。

四  訴訟費用は第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙保全抗告状(写し)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件は、起訴命令が発つせられたにもかかわらず本案の訴えの提起がされなかつたとして申し立てられた保全取消事件であるが、一件記録によると、右起訴命令に関し以下の事実が一応認められる。

(一)  抗告人は、平成三年一〇月一八日、抗告人を債権者、相手方を債務者とし、抗告人が将来提起する離婚訴訟において離婚が認められることに伴い抗告人が相手方に対して有するに至る慰謝料請求権五〇〇万円及び財産分与請求権二五七〇万円の内金五〇〇万円の合計一〇〇〇万円を被保全権利として、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件物件」という。)を仮差押えする旨の不動産仮差押命令を申請した(甲府地方裁判所都留支部平成三年(ヨ)第四五号、以下「本件仮差押申請」という。)ところ、同裁判所は、同月二四日、右申立てを認容し、仮差押決定(以下「本件仮差押決定」という。)をした。

(二)  相手方は、本件仮差押決定に対し、平成四年四月三日、起訴命令の申立て(同裁判所平成四年(モ)第四〇号)をした。

同裁判所は、同年五月六日、決定送達後一四日以内に管轄裁判所に本案の訴えを提起すること及びその提起を証する書面又は既に本案の訴えを提起しているときはその係属を証する書面を同裁判所に提出することを命じる起訴命令(以下「本件起訴命令」という。)を発し、本件起訴命令は同月一一日、抗告人に送達された。

(三)  抗告人は、相手方が原告となり、抗告人を被告として既に提起され、同裁判所に係属していた同裁判所平成三年(タ)第三号離婚等請求事件(以下「本件離婚等請求事件」という。)において、

(1) 平成三年一二月二〇日付け準備書面で、仮に相手方の離婚請求が認められる場合には、本件物件につき財産分与を原因とする所有権移転登記手続及びその引渡を求める旨

(2) 平成四年五月一九日付け準備書面で、(1)が認められない場合には、五〇〇万円及び本件物件の価格の二分の一に相当する金員の支払いを求める旨の各申立てをした。

なお、抗告人は、原審の審尋期日において、右(2)の五〇〇万円は財産分与のうちの慰謝料的要素のものとして、本件物件の価格の二分の一に相当する金員は夫婦共同財産の清算的要素として求めている旨釈明している(以下、右(2)の申立てを「本件申立て」という。)。

(四)  抗告人は、平成四年五月一九日、本件離婚等請求事件の係属、その訴状及び右(三)記載の各準備書面の内容についての証明を得て、これを同裁判所に提出したが、現在まで自ら離婚請求訴訟を提起し、これに伴い財産分与を申し立てたことはない。

2  右1で認定した事実によると、本件申立てが本件仮差押事件の本案の訴えとなり得るものであれば、本件保全取消申立ては理由がなく、逆に、本件申立てが本件仮差押事件の本案となり得ないのであれば、本件起訴命令に定められた期間内に本案の訴えの提起がなかつたことになり、本件仮差押決定は取り消すべきことになるから、本件申立てが本件仮差押事件の本案となり得るか否かについて判断する。

(一)  起訴命令は、仮差押え・仮処分がされることによつて浮動的拘束状態に置かれている債務者を救済するため、債権者に本案の訴えの提起を命じ、本案の審理を通じて仮差押え・仮処分の当否を確定することとし、本案の訴えの提起がない場合には仮差押え・仮処分を取り消すこととするものである。したがつて、本案の訴えとは、仮差押え・仮処分の被保全権利の存否を確定し得るものでなければならない。

(二)  財産分与は、離婚したことを要件とし、夫婚共同財産の清算、離婚後の扶養、離婚せざるを得なくなつたことによる精神的損害の賠償の各観点を考慮し、当事者の一方から他方へ財産上の給付をさせる制度であり、本件家事審判事項であるが、裁判離婚の場合、必ず裁判離婚をした後に家庭裁判所において財産分与の申立てをしなければならないとすれば二度手間であり、かつ、離婚の審理と財産分与の審理とは密接に関連しているため訴訟経済にも合致するので、人事訴訟法一五条は、離婚の訴えに付随して財産分与の申立てをすることを認めている。また、このような趣旨から、相手方の提起した離婚請求訴訟において、離婚が認められる場合に備えて、自ら離婚請求をしないまま財産分与の申立てをすることも認められている。そして、離婚を望まない一方当事者が相手方の提起した離婚請求訴訟において、万一の場合を考慮してこのような予備的申立てをする事例が少なからず存し、このような申立てをする必要性が高いことは当裁判所に顕著な事実である。

(三)  債権者が、財産分与請求権を被保全権利として仮差押えをし、かつ、債権者が債務者の提起した離婚請求訴訟において、離婚が認められた場合に備えて、自ら離婚請求をしないまま財産分与の申立てをした場合、債務者の離婚請求が認容され、財産分与の申立てについて判断されれば、右仮差押えの被保全権利の存否が確定されるから、債務者が浮動的拘束状態のまま放置されることはなく、問題はないというべきである。この場合に、右財産分与の申立てが本案の訴えに当たらないとして、起訴命令の不遵守により仮差押えが取り消されるべきものとすると、財産分与の申立てが認容されても執行が不可能ないし困難となる事態を容認する結果となる場合も想定され、不都合であることは明らかである。

逆に、債務者の提起した離婚請求が棄却された場合には、債権者の財産分与の申立ては判断されず、債務者が浮動的拘束状態のまま放置されることになるのではないかということが問題となる。しかし、前記のとおり、財産分与請求権は、離婚を要件とするものであるから、この場合にも被保全権利たる財産分与請求権が存在しない旨判断されたことになり、債務者は事情変更を理由として仮差押えの取消を求めることができるというべきであるから、前記の予備的な財産分与の申立てを本案の訴えとみることに何らの不都合もない。

したがつて、債務者の提起した離婚請求訴訟において財産分与の申立てをすれば、本案の訴えを提起したことになるというべきである。

(四)  なお、財産分与の申立てには、離婚に伴う損害賠償(慰謝料)の要素を含ませることができるのであり、財産分与によつて請求者の精神的苦痛がすべて慰謝されたものと認められるときには、もはや重ねて慰謝料の請求をすることができないと解すべきである(最判昭和四六年七月二三日、民集二五巻五号八〇五頁)ので、慰謝料請求を夫婦共同財産の清算的要素のものにかかる申立てとは全く別異のものであると解する必要はないから、離婚に伴う慰謝料請求権を含むことを明示して財産分与の申立てがされた場合には、これを離婚に伴う慰謝料請求権を被保全権利とする仮差押えの本案の訴えとみることに支障はないというべきである。

(五)  これを本件についてみるに、前記認定のとおり、抗告人は、相手方が提起した離婚訴訟において、予備的に、慰謝料的要素として五〇〇万円、夫婦共同財産の清算的要素として本件物件の価格の二分の一に相当する金員の支払いを求める旨の財産分与の申立てをしたのであるから、本件仮差押え(その被保全権利は、離婚が認められることに伴い抗告人が相手方に対して有するに至る慰謝料請求権五〇〇万円及び財産分与請求権二五七〇万円の内金五〇〇万円の合計一〇〇〇万円)についての本案の訴えを提起したというべきである。

三  よつて、本件抗告は理由があり、原決定は相当でないからこれを取り消した上、相手方の保全取消申立てを却下し、本件仮差押決定を認可し、訴訟費用は第一、二審とも相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 小林 正 裁判官 清水研一)

《当事者》

抗告人 甲野花子

右代理人弁護士 田中正志 同 小沢義彦

相手方 甲野太郎

右代理人弁護士 井上章夫 同 秀嶋ゆかり

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例